19 1月, 2012

今夜もSting聴きながら

もう十何年も聴いてなかったのに、テレビで「Englishman in New York」のビデオクリップを見たのを境に、連日Sting聴いています。その中でも3拍子で軽やかで切ない曲「Until」を聴きながら、気の重い作業にとりかかりました。
それは、8ヶ月ばかり避けていた事務処理で、工芸用板ガラスの個人輸入手続き。カリフォルニアに住む知人の家に8ヶ月も預けたままになっているフュージング用板ガラス総量70kg。箱8個。
自慢じゃないけど、私は事務処理がとても苦手です。個人輸入がこんなにめんどくさいとは思わんかった…。
フュージング用板ガラスは、日本では生産してない種類のガラスで、日本では輸入品を買うしかなく、とても高い。色によって値段が変わりますが、20㎝×25㎝(厚さ3ミリ)の大きさので一枚2300円から5300円くらいする。アクセサリーを作るために欲しかったのだけれど、いろんな色を買っていたら高くついてしょうがないので、買うのをあきらめていたのでした。
ところがある日、フュージングガラスで有名なアメリカのブルザイ社のサイトを見ていたら、”1000ドル以上は半額”と書いてあるではありませぬか!(今もそうよ〜。)
1000ドル(今なら8万円くらい。去年は9万円弱だったかな。)分のガラスが半額で買えるってぇ〜?と単細胞の私は飛びついたのでした。
実際には梱包料(割れないように工夫されてるらしい)とアメリカ国内(メーカーから知人の家へ)での送料が合わせて18000円くらいプラスされましたが、それでも日本で同量買う値段の3〜4分の1で買えます。
さて、問題はアメリカから日本までの輸送(船便)でございます。以前、ダンナのふるさとネパールからパシュミナを個人輸入したことがあって、そのときすごくめんどくさかったのをガラスを買ってしまってから思い出しました。成田空港まで受け取りに行って書類にいろいろ記入してetc.…。
関税(もしかしたら無税。まだわかりません。)手続きは?港から自宅までの輸送はどうする?船便だったらどこに取りに行くんじゃ?レンタカー借りないといけない?箱8個も普通乗用車に入るっけ?都内の運転なんてコワイよ〜。木枠で囲われたヤツ、自分で解体しろって?バールとノコギリもいるのかぁ?と考え始めると、気が重くなっていく一方…。
タイから輸入して洋服屋さんしてる友人に話しを聞いてみると、「税関の人って無愛想だよー。木枠はずすのも手伝ってくれないし、車まで自力で持ってかないといけないの。業者にたのむとエライ高いし…。」と聞いて、さらにビビるわたし。
で、考えたくなくて8ヶ月逃げていたのでした。知人といえども友だちの別れた元ダンナさんで私とは親しくないし、これ以上置かせてもらえないし、円高の今のうちにドル払いで船賃を払った方がいいと判断し、やっと昨夜事務作業に入ったのです。
しかし、めんどくさい。53のアイテム(同じ板ガラスでも色や商品番号が違えば、全部記入しなければならない)を商品番号から名称から値段から全部記入し、アメリカの日系の運輸会社に見積もりを頼むメールを出すまでに5時間もかかりました。終わったころには、前頭葉がズキズキ。
それでも、Stingの軽やかで切ないワルツ(何十回リピートしたことか)のおかげで、乗り切れたかも。運輸会社からの返事を待って、また別の書類作成がある…。
で、ガラスが来たら、今度はガラスを加工するための窯を買わねば。しかし窯を買うお金は今ないので、ガラスはまたしばらくお蔵入りかあ。あ〜、何やってんだろ、ワタシ…。
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「Until」は映画「ニューヨークの恋人」のテーマ曲。主演:メグ・ライアン、ヒュー・ジャックマンの時空を超えたラブストーリー。だいぶ前に映画を見たときは、スティングの曲だとは気がつかなんだ。映画の方は、週末の昼下がりに気軽に見れる感じの作品。XメンでブレイクしたH・ジャックマンがかっこいーです。

12 1月, 2012

手帳

毎年、年初めには手帳を買うのだが、書き込むのは最初の3ヶ月くらいまでで、その後は白紙に近い状態になる。なのに今年も、懲りずに手帳を買った。

手帳に筆記用具の雰囲気が合ってないが、この
5色ボールペンが実現の鍵を握るとあって、
早速自分で好きな色をセットできるボールペン
を買い求めた。
手帳を買った2日後に妹と会ったとき、たまたま妹が手帳の話しを始めた。手帳利用術というのを実践中らしく、それが効を奏したというのだ。行きたいのだけど仕事の都合で行けるかどうかわからなかった未定の予定を手帳に書き込んで、毎日それを見て思いをめぐらしたという。その場合、どうやって行くようにするかを思いうかべるのではなくて、行きたい場所にもう行って行動してる自分を想像するのだという。それをやっていたら、行ける算段がついたのだそうだ。
目標を実現するための手帳術に於けるもう一つのコツとして「もし実現しなかった予定はホワイトじゃなくて、横二本線で消すのよ」という。予定していたのにできなかった理由を意識し、次の予定(目標)を実現しやすくするのだという。

妹がもうひとつ行きたいところがあって、「一緒にどう?」と誘われた。今の私の状態ではとても無理な気がしたけれど、私も以前からとても行きたい場所だったので、手帳術を試してみるべく手帳に書き込んだ。

今、その場所からブログをアップしてる自分を思い浮かべている。もう文章を書いて保存しておこうかな…。

09 1月, 2012

Be yourself no matter what they say 〜♪

ある音楽を聴くと、それを聴いていた当時の空気が瞬時によみがえってくることがある。
その頃、何があったかなんてことは憶えてなくても、どんな気分で聴いていたかだけは鮮明に。

年明け、テレビの番組と番組の間の枠に流れたミュージックビデオに、一瞬こころを奪われた。当時、カセットテープがすり切れんばかりに繰り返し聴いていたスティングの「Englishman in New York」だった。25年も前の曲だけれど、今も色あせることがない。イントロの数秒で当時の空気がよみがえる。映像も含めて名作だと思う。

英語の歌詞がよくわからなくても、スティングの歌詞は韻を踏んでいて耳に心地よい。

誰が何と言おうと自分らしくあればいい、と
繰り返されるフレーズに心をギュッとつかまれた年明けでした。
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この動画は、iPhoneなどのスマートフォンでは再生できないようです。パソコンでご覧ください。

07 1月, 2012

スティーブ・ジョブズの子どもたち

NHK BSで「スティーブ・ジョブズの子どもたち」という番組を見た。
ジョブズ自身は若い頃に大学に在籍していたものの、大学にいる価値を見いだせずに中退したという経歴の持ち主。名門スタンフォード大学から招かれ、卒業式でスピーチするジョブズ。そのスピーチを聴いた学生たち(子どもたち)が卒業から6年後、どうしていて、何を考え、ジョブズのスピーチにどう影響されたか、を取材した番組だった。

ジョブズのスピーチにはとても興味深い言葉が散りばめられている。
”子どもたち”は折りに触れ、そのスピーチを何度も聴きかえす。つまづいた時、迷った時、そのスピーチの中に道しるべを探すかのように…。私も、ジョブズの”子どもたち”のひとりになりたくて、スピーチの動画をブックマークした。
今は愚かしいとも思える出来事ひとつひとつの点と点を結んだ先に、希望を宿した必然的な点が現れますように…。
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2005年アメリカ・スタンフォード大学の卒業式でのスピーチはこちら。
http://video.google.com/videoplay?docid=9132783120748987670

05 1月, 2012

武雄の大楠

武雄は、秀吉の朝鮮出兵のおりに兵士たちが湯治を
した温泉地としても有名。秀吉もこの大楠を見上げ
ただろうか?
樹齢3000年を越えるといわれる大楠。佐賀県武雄市の武雄神社の裏手にひっそりと、しかしどっしりと立っている。3000年前といえば、縄文時代が終わる頃だろうか。

この木の前に立てば、言葉など頭に浮かばない。ただただ対峙するのみです。
時を重ねたものだけが、時を超えるのかもしれない。


大きさがわかるように、と妹に立ってもらったが、実際は写真で見るより、手前の柵と大楠は距離がある。ちなみに柵の内側は立ち入り禁止となっている。
木の根元にぽっかり空いた穴の中には祠(ほこら)が祀ってあり、その穴は大人がちょっとあたまを下げて入れるくらいの大きさ。それで木の大きさがわかっていただけるでしょうか…。(高さ27m、根回り26m)



03 1月, 2012

おみくじ

諏訪神社の境内。たいまつが美しい。
たいまつの火よ
清めたまえ〜…。
年越しに菩提寺で鐘をついて、住職から経本で肩を叩いてもらった後、その足で帰り道にある諏訪神社で初詣した。お参りした後、恒例のおみくじ引き。
妹は久方ぶりの大吉で大喜び。私は吉で、「悪くないじゃ〜ん。」って感じ。
ただ、〜「願望」ととのう しかし色情(いろごと)につき妨(さまたげ)起こる〜の項目がちょっと気になる。
おみくじで一番大事なのは、吉凶等の運勢や、「願望」「待人」などの個々の項目よりも、おみくじの上部に書かれた短歌だといわれている。なので、改めてその部分を見てみる。歌の下に、歌の解釈があり、そこに…
「時が来れば思うままになります。鏡のかげにしたがう様に心正しく行いをすなおにしないと家の内に不和が起こって災いが生まれます。特に男女の間をつつしめ。」とあった。ダブルで忠告されるなんて、やはり今年のキーワードは色情かぁ…。長いこと色情の影も形もないんだけどねー…。でも、気をつけます、「色情」。

01 1月, 2012

謹賀新年

実家に居る間、自分のブログにログインできなくなり、本日東京に戻ったので、夏休みの絵日記よろしく、記憶をさかのぼって新年の挨拶から書いてます(新年早々、言い訳か〜)。
11月末に祖母が亡くなったので、新年おめでとう、は本来言わないものでしょうか…。
それはさておき、大晦日の日、祖母の四七日(よなのか→七日ごとの法要が4回目ってこと)だったので、住職がお経をあげに来てくれたのですが、「うちも今夜は除夜の鐘をつきますので、よかったら来てください。」と住職がおっしゃるので、妹とふたりで紅白歌合戦の結果発表の前に菩提寺に向かい、生まれて初めて除夜の鐘をつきました。

関東近辺のお寺だと長蛇の列で、鶴見の総持寺などは整理券を配って200とか300とかの番号だそうですが、それを住職に言ったら「うちはあんまり(人が)来らっさんけんが、何回でもつけますよ」と笑っておられましたが、その言葉通りパラパラと参拝者が来て、子どもたちはつき終わったら、また列の後ろに並んでました(鐘をついた後、お寺の焼き印が入った煎餅がもらえる)。
鐘をつきおわった皆さんが寺の本堂に上がって行かれるのを見て、私たちも焼香でもして帰ろうか、と本堂に上がりました。
ほどなく住職がすてきな着物地の袈裟を着て現れ、読経が始まりました。
宗派によって正月の法要はいろいろなんでしょうが、ここ曹洞宗功岳寺の住職は、最初に般若心経を唱えたあと、葬儀で見るのとは異なる分厚い大きな蛇腹式の経本(写真右下)を手にして、それを扇状に高速でパラパラと開いたり閉じたりしながら経を唱えておりました。そんな迫力のある読経が終わるころ、本堂に座っていたのは10人程度。読経が終わると、住職はその大きな経本を手にして、本堂に座っている一人一人の前に立ち、私たちの右肩を経本でトントンと叩きながら短い経を唱えてくれました。
ほー、これが正月の法要かー、来てよかったね、と妹と話したものでした。
Wikiによると、正月というのはもともとは盆と同じく先祖の霊をまつる行事だったようで、だとすれば、今年の年越しはなかなかによろしかったのではないかと思っています。
経本で肩を叩かれ、こびりついた煩悩が少しは落ちたでしょうか…。

みなさんの一年が実り多きものでありますように。

28 12月, 2011

ものみの塔


自然災害~天罰なのか~という見出しがついて
いるが、彼らの話しによると、「天罰などではなく、
膿み出しが盛んになって、世の中が変革するときが
来た」というしるしなのだそうだ…。
 仕事をしていたら玄関のチャイムが鳴ったので、ドアを開けたらエホバの証人の女性の二人連れだった。
唐津にも支部があるんだな、と思いながら、しばし立ち話。
東京の我が家にも、ときたまエホバの証人の方が玄関先にいらっしゃる。聖書の話には興味があるので、時間があるときはお話する。ただ、彼らの神様についての話は、私が思い描く神様の世界とは違うので、素朴な疑問をぶつける。それに対して丁寧に答えてくださろうとするのだけれど、何故だかよくわからない。きっと彼ら自身の言葉ではないからだろう。
ネットでエホバの証人について調べてみた。日本国内で22万人もの信者がいるそうだ。キリスト教系の団体としては、カトリックに次いで2位の規模らしい。
エホバの証人は、輸血を禁じているため、日本でかなり前に交通事故に遭った子供に輸血をすることを信者である親が断って子供を失血死させた、という事件(?)を憶えている人もいるだろう。
だがエホバの証人の公式ウェブサイトを読んでいたら、輸血をしない臓器移植は行っていると書いてあった。http://www.watchtower.org/j/hb/article_03.htm
輸血しないで臓器移植ができるというのも驚きだが、輸血がダメで臓器移植は許されている、というのは何故なのか、という新たな素朴な疑問が生まれた。
今度、東京で彼らと話す機会があったら訊いてみようと思う。

27 12月, 2011

おもしろいかも iPhone

3年使った携帯電話の調子が悪くなったので機種変更せねばならず、今の料金から増えなければ何でもよかったのだが、友達がしつこく「iPhoneにしなよー」と何回も言う。買い換えるときは付きあうから、とまで言うので、ショップに付きあってもらって一緒に説明聞いてもらって、たまに”通訳”してもらって、iPhoneに買い換えた。
全面ガラス張りで、意外と重い。今まで何度も携帯を落としているので、これを落としたら最悪だろうなー、と思う。
みんな、iPhone、iPhoneって言って、どこがいいんだろー、とPC音痴な私は思っていたけど、さわってるうちに何となく愛着がわいてきた。

私が一番気に入っているのは”マップ”というナビゲーション機能。出発地点と目的地点を入力すると、経路を教えてくれる。歩き、公共の交通機関、車の3種類の行き方が出る。日本全国だけかと思ったら、世界中が検索できる。旅行好きにはたまりましぇん。試しに、いつか行ってみたいイギリスのセントアイブスからミナックシアター(女性が海の砂を運んでひとりで造りあげた野外劇場)へはどういう行き方があるか検索したら、徒歩で5時間51分と出た。公共の交通機関はない、と出たが、行ったことのある友人はバスと徒歩を組み合わせて行った、と言っていたので、あまりのへき地だと導き出せない場合もあるのだろう。
というわけで、PC音痴の私でもけっこう遊べるiPhone。もともとMacユーザーではあるので、なんとなく色々適当にさわりながら使える感のあるiMacと似ている感じがする。
あ、それからカメラもいい。今、カメラ持ってないので、iPhoneのカメラで当分しのげるかも。

スティーブ・ジョブスが亡くなったというニュースを聞いてもあまりピンとこなかったし、ジョブスの功績も理解できてないけど、もしジョブスがいなかったらMac使って仕事してる私もいなかった、ということだろう。ま、よくわからなけど、少なくともiPhoneは楽しい携帯だと思う。でも、PC音痴なので、iPhoneからブログ更新もまだできないし、メール打つとき、カーソルを思ったところに持ってこれないでイライラしている。

25 12月, 2011

最後の10完歩

部屋で仕事していたら、両親が隣の居間のテレビで有馬記念レースの中継を見ているのが聞こえてきたので、テレビを見にいった。
私は、競馬のことはよくわからないし、特に気にしたこともなかったけど、レースの中継を見ていて、武豊騎手が以前のように注目されていないような気がした。
ネットで検索して、去年武騎手がレース中に落馬して大怪我していたことを今になって初めて知った。


一時期、YOUTUBEで何度も何度も見ていた、JRAのCM用につくられた動画を久しぶりに見てみた。動いている馬の背中で、これだけ静止してるなんて神技だ。美しい…。武騎手はアーチストだなあ。

これを見てると涙が出そうになる。でも、少しだけ幸せな気持ちにもなれる。
買ったばかりのiPhoneのお気に入り動画の第一号としてブックマークした。

24 12月, 2011

クリスマス in India

~旅の思い出写真館~

以前、12月にインドに行ったとき、クリスマスの数日前に南インドのアレッピーという町でチャーターしたハウスボート。網の目のように張り巡らされたこのあたりの水路で、昔、米などの荷を運ぶのに使っていたボートを今ではクルージングに使っている。寝室やシャワー室もある。二人用から数人用まである貸切タイプの水上の宿。スタッフが船上で美味しい食事も作ってくれる。新婚旅行にオススメ。(←私の願望でもある…)

インドではヒンズー教徒が多いけど、南インドに限ってはクリスチャンが多い。日本にも来た宣教師フランシスコ・ザビエルが布教につとめたコーチンという街も、このアレッピーから近いところにある。

写真右上のボートの屋根に下がっている紙の飾りは、南インドでクリスマスの頃にあちこちに飾り付けられる独特のオーナメント。雪の結晶のようでもあり、星のようでもある。いろんな形があって、美しい。市場で見て、ひと目で気に入って買い求めた。立体にも、折りたためもするスグレもの。どうやって作ってあるんだか、私の頭ではよくわからない。インド人の幾何学的な美的感覚はここにも生かされている。


今日はクリスマスイブだったけど、一昨日実家にまた帰ってきた私は、亡き祖母の四七日(よなのか)の法要で住職の声に合わせて読経した。いつもはすばらしい声の住職はなんか調子悪そうで、時々読経が途切れていた。私の方が上手に読んだ。

20 12月, 2011

水牛の角のクシ

友だちのYちゃんが、水牛の角のクシでマッサージしてくれた。
Yちゃんは、気功師の中健次郎さんの講演会で実演されたというマッサージ「クワシャ療法」に感動して、それに使う水牛の角のクシを速攻で買い求めたらしい。

水牛の角のクシは髪の毛にもいいらしい。
サラサラになるそうです。
私のコリコリの首をクシで擦ってもらうと、気持ちいい。「力は入れてないよ。」というけど、こったところにキク感じがした。
擦ってもらうと、病んだところが真っ赤になった。第七頸椎のところは、特に真っ赤。早速、買い替えたばかりの初めてのiPhoneで患部の写真を撮った。ブログにアップする、と言ったら、Yちゃんが「グロいからやめて…。」と言うのでやめたけど、ネットで探したら写真を撮ってブログに載せてる病院の院長さんがいた。
http://gegege.sagafan.jp/e112668.html
プロフィールを見たら、私と同じ唐津出身で佐賀市内で開業してる人だった。実家で病気になったら、診てもらおうかな。

クワシャ療法は中国伝来の民間療法。さすが、4000年(でしたか?)の歴史。

16 12月, 2011

豚汁うどん

冬は豚汁が食べたくなる。昨日、豚汁を多めにつくっておいた。今日の昼も食べた。今夜も同じでは芸がないので、豚汁にうどんを入れることにした。
うどんの乾麺はだいたい常備しているのだけれど、探してみたら今年の始めにいただいた稲庭うどんの乾麺しかなかった。稲庭うどんは高級うどんだから、ホントはちゃんとしたダシをとった澄まし汁でいただきたいところだが、豚汁うどんは私にとって思い出のうどん。桐の箱に入った高級うどんを豚汁に入れるのは邪道かもしれないけど、思い出に浸るために、思い切って入れてみた。

以前関わっていた雑誌の編集プロダクションの会社では、原稿を印刷所に入れる前の10日間くらいは、6〜7人くらいのスタッフが夜の11時くらいまで毎日のように残業していた。フリーのイラストレーターの私も、「これ、明日までにできる?」というような急ぎのやっつけ仕事を編集部で描いていたものだ。一時期、社長自らが夕食時になると事務所のせまい台所に立って、大鍋で豚汁うどんやカレーうどんをつくってくれていた。
当時のスタッフも今はバラバラ。若くして亡くなった人もいる。社長は資金繰りに失敗し、編集プロダクションの会社自体もなくなった。
会社がそこそこ順調で、残業の合間にうどんをふーふー言いながら食べていたのは、ほんの12〜3年前のことだ。それとも12〜3年前のこと、か…。

豚汁うどんは思い出の方が美味しかった。豚汁に入れるうどんは安い太麺のうどんに限る。

11 12月, 2011

あなどれない ”しまむら”

先日、祖母の葬儀のために実家に帰ったとき、通夜の日の午前中、数年ぶりに喪服のワンピースに袖を通したら…。やっべぇー!
下腹部のところだけがパツパツで、”決して私を横から見ないでください”状態になっていた…。妹に見せたら、「うん。それ、ヤバ過ぎ。」と言う。妹は妹で、黒いパンプスと黒いハンドバッグを東京に忘れてきていた。そんな非常事態時の神頼み的存在である”ファッションセンターしまむら”に二人して駆け込んだ。(ちなみに我がふるさと唐津市にはデパートはない。イオンショッピングセンターがあるだけだが、それってデパート?…。ついでに映画館もない…。)

喪服(というか冠婚葬祭用の黒い服)ありました。しかも1万円を切っている。さすが、しまむら。黒いシンプルな合皮のパンプスも2900円からあったので、妹も私もそれを買った。しかも履きやすくて、靴ずれしなかったのが嬉しい。妹が買った、やはり2900円の黒いハンドバッグには、袱紗(香典などを入れる布の袋)と折り畳める黒いナイロンバッグもついていた。すばらしい…。

さて、ついでにしまむらの店内を物色。妹は寒さ対策のためにユニクロのヒートテックを後で買いに行くつもりだったのが、しまむらでファイバーヒートなる薄くて暖かいインナーを発見。ヒートテックより安い780円という嬉しい価格。私も一緒に買って、喪服の下に着たら、これがなかなか暖かい。翌々日も追加でまた買いに行った。色も黒、ベージュ、グレー、ショッキングピンク、パープル、あずき色、花柄、ボーダー、などなど選ぶのに迷う。

ということで、慌ただしい寒いイライラすることの多かった葬儀の合間に、ファッションセンターしまむらでささやかな息抜きをした、オーバリー姉妹でございます。
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私の住む国立市近辺に”しまむら”がないか、ネットで調べたら、なんと国立市近辺だけポッカリ穴があいたようにしまむらがなかった。なんか、しまむらが入り込めない縄張りでもあるんですかね…。つまんな〜い…。

10 12月, 2011

布団乾燥機

昨日は東京ではみぞれが降り、いよいよ冬も本番という感じになってきた。
古いアパートの隙間風の入る部屋で、電気ヒーターで暖をとっている。うちは20アンペアなので、エアコンと電気ヒーターは同時に使用できない。起きているときはまだいいけど、寝る時に寝具が冷たいのがいちばんツラい。だから、うちは冬場は寝る前に必ず布団乾燥機をかけて寝具を温めておいてから寝るようにしている。暖かい寝具にすべり込む瞬間が一日で一番シアワセかもしれない。
結婚して最初の冬、初めて布団乾燥機を使ったネパール人の夫は、いたく感動していた。ネパールは亜熱帯地域でありながら、標高1350mほどの首都カトマンズは、冬場には夜は零度になるくらい寒いので、夫は「ネパールに買って帰りたい。」と言っていたものだ(まだ実行してないけど)。

うちの布団乾燥機は父が島で単身赴任しているときに使っていたものだから、もう20年以上前のものだけど、単純なつくりだからか壊れることなく働いている。ただ、昔のものだから今のものほどコンパクトじゃない。今の布団乾燥機はコンパクトな形をしていて、値段も探せば3000円前後からある。エアコンをつけっぱなしで寝るより、からだにもいいのでオススメ。
http://www.amazon.co.jp/パナソニック-FD-F06A6-A-Panasonic-ふとん乾燥機-ブルー/dp/B001T5EJQQ%3FSubscriptionId%3D0571BBGTQZ5YYPEDSY02%26tag%3Dkakaku-kitchen-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB001T5EJQQ%26me%3dAN1VRQENFRJN5

09 12月, 2011

映画「ヴィヨンの妻」

あまり家にも帰らず、浮気を繰り返し、生活費もろくに家に入れず、子どもが病気になっても医者に連れて行く金もない、遂には飲み屋の金を盗んでしまう。そんな夫が当代きっての人気作家だとしても、普通は早々と見限ってしまいそうだが、松たか子演じる妻佐知は浅野忠信演じる夫大谷を見限らない。それどころか、夫が盗んだ金を、飲み屋で働いて返そうというのだから恐れ入る。

女と金と酒、ときたらドロドロした修羅場がつきものだけど、松たか子や浅野忠信の質感によるものなのか、監督のまなざしによるものなのか、この映画「ヴィヨンの妻」にはホンワカとしたぬくもりがある。不思議な映画だった…。
太宰治の同名の原作を読んでいないので映画だけの感想になるけれど、私が持っている太宰の退廃的な暗いイメージとは異なる印象を受けた。

切ればスッキリしそうなのに切ることができない男女の縁。死にたいと言いながら、いざ死にかかるとジタバタして生き残る男。好きでいながら保身のために見捨てた女を忘れられずにいる男。そんな煮え切らない生き様を見せる登場人物たちに、なにか親しみを感じるのは年をとったからかしらん?それにしても、この映画の中の女性は妻も愛人も潔(いさぎよ)い。男達の方が女々しくさえあるのだ。

葬式というものは、一族の愛憎が見え隠れすることが多い。祖母の葬儀が終わっても、すっきりとは割り切れない家族の縁などについて考えさせられているとき、深夜の映画専門チャンネルで見た「ヴィヨンの妻」になんとなく癒された。
世の中、すっきりと割り切れることよりも、割り切れないことの方が多いんじゃなかろうか。大抵は、割り切れないながらも、どこかで折り合いをつけて”良しとする”ことで歩いていくのだろう。
太宰治という人は、その”折り合い”をつけることができない人だったのかもしれない。

学生のとき「斜陽」を読んで、太宰ファンにはなれないと思い、それ以外の太宰の作品は読んだことがないけれど、この映画を見て、今一度太宰を読んでみたいと思った。

07 12月, 2011

怒りが首に

亡き祖父の後妻であった祖母の葬儀と、最初の妻であった実の祖母の49回忌が終わった。3日連続で喪服を着た。
もうほとんど寝たきりだった後妻の祖母を、前妻の祖母が最後の法要を機にあの世へ連れて行ったのではないかと私はひそかに考えている。

葬儀そのものはこじんまりと淡々と執り行われたけれど、私は精神的にあまりよくなかった。なぜだか何かにつけて腹立たしく感じ、ひとりで怒っていた。告別式の日から首に激痛が走るようになった。通夜の晩、祖母の遺体が置かれた葬儀場に叔母と泊り込んだので、何かよからぬものが憑いたのかと思ったが、妹に「怒りば溜めとるけんやないと?」言われたので、誰に対して怒っているのだろうと思い、書き出してみた。すると自分も含めて5人に対して怒っていたことがわかった。怒りが自分のからだを攻撃することは前々から感じて知っていたのに、またもや”やってしまった”。いかん、いかん…。

夜なべ仕事をした一昨日は明け方に床についたのだが、私の寝ている二階に人が上がってくる足音が聞こえた。父が朝早く起きて二階に上がってきてるのかと思ったとき、寝床のすぐ脇に人が立ってる気配がして目を向けたら、白髪の短い毛を逆立てた小柄な痩せた女性がつんつるてんな病院服みたいのを着て、コワい顔をして立っていた。とても怖くて声を振り絞って叫んだ、その自分の叫び声で目が覚めた。祖母には似ていなかったけど、祖母のような気がした。
祖母の葬儀の間、私は祖母の関係者に対して怒っていたから、”こんなに文句言ってたら、おばあちゃん怒るかもねー”なんて言ってたのがホントになったのかしらん…。

まあ、とにかく怒りは体に悪い。昨夜、東京に戻って、首の痛みはちょっとだけ和らいできたけど、もともと頸椎がズレてるから、来週高円寺の治療院に行きます。